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道具を大事にすればバス釣りは上手くなる?【小ネタ】

道具を大事にすればバス釣りは上手くなる?【小ネタ】

こんにちは!店長の小山です!

本日は小ネタになりますが、「バス釣りに使う道具を大事に扱えば、釣りは上手くなるのか」ということについて私独自の視点で考えてみたいと思います。

ちょっと考えてみてください。

一流の料理人は、包丁1本を大事に扱っています。

一流の作家は、1本のペンを大事に扱います。

一流と呼ばれる人たちは、自分が使う道具を大事に扱っていると思いませんか?

ということは逆に、道具を大事に扱うことで私たち釣り人は釣りが上達し、一流になれるのでしょうか。

弘法筆を選ばず

日本には、古いことわざに「弘法筆を選ばず」というものがあります。

書道の達人ともなれば、どんな筆を使おうが美しい文字を書くものだ、というような意味のことわざで、自分の実力不足を道具のせいにするものではないという教えですよね。

しかし、実際の名人とか達人、一流レベルの人というのは道具への強いこだわりがあるものです。

ではこのことわざが嘘なのかどうかと言えば、嘘ではないはず。

なぜなら、どんなに一流の達人であっても、最初は誰もが初心者だったはずで、その達人も初心者だったころは初心者用の道具を使ったり、道具についての理解はなかったはずです。

過去からこれまでに、自分の力量が上がったことで、それなりの道具を手にし、また良い道具を使うことで、自分の力量を上げてきた人たちだからこそ、どんな道具でも使いこなすことができるのだと思います。

道具を大切にしてこなければ、本当の意味でその道具のことを理解することはなかったのではないかと思います。

ボールは友達

日本一有名なサッカー漫画「キャプテン翼」の主人公である大空翼少年が、同じチームのゴールキーパーのボールに対する恐怖心から実力を発揮できなかった時期にかけた言葉が「ボールはトモダチ、怖くないよ!」というものでした。

ボールを物ではなく友達、つまり人間や動物のような生き物として見ているということなのですが、一流と呼ばれる方々は気持ちの部分でこのような表現を時々使うんですよね。

最近の例でいいますと、木崎湖ガイドの喜代浜さんがこう言っていた場面がありますのでご覧ください。(4:40から始まります)

投げるリグに対して「行ってこーい!」と言っていますね。

行ってこいという言葉は物に掛けるものではなく、生き物にかける言葉だと思います。

相手は道具ですが擬人化されているというところに、自分が使う道具に対する信頼感や愛を感じますよね。

また、人によっては、自分の道具と一緒に寝たり、食事の時に隣の椅子に置いたりと、兄弟とか友達とか相棒とか伴侶のように扱うこともあります。

これもまた、愛だと思います。

どうも、そういうことが自然と出来る方には一流の方が多いような、そんな気がします。

言霊(ことだま)と付喪神(つくもがみ)

これは少々オカルト的な意味が含まれますが、日本には古来より言霊(ことだま)という「言葉に宿る力」や付喪神(つくもがみ)という「長年愛用する道具に宿る魂」のようなものの存在を認めてきました。

身近なところでは、自家用車に「ありがとう、今日もよく走ってくれたな」などというポジティブな言葉をかけると壊れない、ですとか、「パソコンの調子が操作する人によって変わる」などというような話を耳にしたことがあります。

機械は人を見る、みたいな。

私も、これはちょっと怖い話になるかもしれませんが、小学生のころから大事にしていた猿のぬいぐるみがあったんです。

このぬいぐるみはとても気に入っていて、嬉しいことがあった時や苦しい時に話しかけていたり、起こった時は八つ当たりしたりしていました。

そして高校を卒業するころ、いよいよ部屋の整理をしようと思い、そのぬいぐるみを処分しようと大きなゴミ袋に入れて口を縛り、学校へ行きましたが、帰ってくるとぬいぐるみがゴミ袋から出されていました。

ゴミ袋の口は縛ったままでしたが、もしかして母が大事にしていたものを捨てないほうがいいと思って出しておいてくれたのか、と母に尋ねたところ、そんなことはしていないと言います。

めちゃくちゃどうでもいい話かもしれませんが(笑)、このころから、物には魂が宿るんだなと思うようになりました。

もし、物にも魂が宿り、感情があるとすれば、自分を大事にしてくれる持ち主と自分を乱暴に扱う持ち主のどちらにより機能的な働きがもたらされるかは、もう明らかですよね。

道具に常に言葉をかけろとまでは言いませんが、言葉にはこのようなパワーがあり、そして大事に扱うという心があれば、その道具には自分の魂が少しずつ宿り、まさに分身のような働きをすると思います。

道具を大事にすれば釣りは上手くなる!

ということで、私独自の視点では、道具を大事にすれば釣りは上手くなるという結論になりました。

釣り道具屋としての立場から言えば、本当は皆さんにはどんどん道具を買い替えていただいた方が良いのですが(笑)、どんな安物の道具でも、その性能をフルに発揮させるには時間が掛かるものです。

ぜひ、今ある道具を長く大事に使っていただいて、その道具の実力をフルに発揮させてあげてください。

その時こそ、新しく買い替えた道具の特徴や長所がスッと身体に入ってくると思います。

ちなみに、道具を頻繁に買い替える方は道具を大事にしていないと言っているのではありませんからね。

愛着の湧く道具に出会う、出会わないというのも何かの縁ですので、納得のいくものに出会ってこそ、長く使えばいいと思います。

ゴミも大事に?

これは余談ですが、先ほどの付喪神の続きになります(苦手な人はここで終わりにしてください)。

日本には八百万の神(やおよろずのかみ)という、万物に神が宿るといった感じの日本人独特の考え方もあり、地球上の様々なものに神がいて、意思や意識があるという考え方です。

さて、時に人間とは、自分の欲求が叶った時、高い満足感を得るものですよね。

これは考え方を広げれば、動物もそうですし、草木もそうですし、先ほどの付喪神の考えを当てはめれば、道具だって同じです。

たとえば、釣り場にポイ捨てされているゴミ。

ゴミは人間にとってはもう用無しのゴミでしかありませんが、ゴミ箱という存在がこの世にあるということは、実はゴミはゴミ箱に行きたい欲求があり、ゴミたちはゴミ箱に入ってこそ満足感を得るものなのだと思うんです。

それをその辺にポイ捨てするということは、そのゴミどころか、周りの草木、道路、自分の車など、いろんなものに見られていると思うんです。もちろん、お天道様も見ていますね。

「あいつ捨てた」「アイツ捨てたぞ」「あいつが捨てた」と色んなもの達にそう認識された人は、これから先、いろんな道具に愛されることができるのでしょうか。

ですから、ゴミまで大事にするというのではなく、ゴミはゴミ箱へという最後の使命を全うさせてあげることが必要なのだと思います。

そういう気持ちは、なぜか釣果にも反映すると私は思います。

当たり前のことを言うようで申し訳ないのですが、ゴミは正しく捨てることですよね、ゴミを出すこと自体は悪いことではありませんからね。

ということで、今回は「まとも」なことをあまり言っていない内容になってしまったかもしれません。

結局のところ、一流の人は道具を大事に扱っているという、最初の10行くらいでこの話は完結していたかもしれませんね(笑)

最後までこんな話にお付き合い下さいましてありがとうございました!