バスプロへの道
バスプロになるにはどうしたらいいのか? それには一人のバスプロのこれまでの歩みを参考にしてみるのもいいでしょう
こんにちは!店長の小山です!
本日は海外サイトより、”STEPHEN BROWNING: My Journey to Becoming a Professional Angler”という記事を引用してご紹介いたします。
人は、将来の夢について、色々考えることがあると思います。
好きなことを仕事にできれば幸せなのか、ということについては常に議論が分かれるところだと思いますが、自分が情熱を注ぎこめるもので生活したいと考えることは悪いことではないと思いますし、そういう情熱があふれる人が、これまで何度となくその業界、ひいては世界までをも変えて来たのではないかと思います。
将来の夢を考えるとき、私個人的には年齢は関係ないと思うのですが、夢を目標に変えようとした時、年齢とともに自分が重ねてきた行動については大きく影響してくることと思いますので、これまでの振る舞い、そしてこれからの振る舞い次第で夢に近づくのかどうかが決まってくるのではないかと考えます。
ただし、多くの人々が憧れるプロスポーツの世界においては年齢が大きく影響してきます。スポーツの結果やパフォーマンスは肉体が大きく関係していますので、若いころから始めることが有利になるのが一般的ですよね。
そんな中、年齢があまり差にならない、選手生命が長いスポーツもあります。例えば、ゴルフ、ボウリング、騎手など。野球もそうかもしれませんね。
そして、バスフィッシングもその中のひとつです。
選手生命が長いプロスポーツと言っても、技術や教育など、取り組むのが早い方が良いに越したことはないのでしょうけども、他のスポーツと比べると、どの年齢であってもプロになれるチャンスはあります。
夢を見られる期間が長いというのは良いことだなと思うのですが、では、どんなことをすれば、プロへの道が開けるのでしょうか。
この記事は、アメリカのバスプロトーナメント団体、メジャーリーグフィッシングのホームページのコラム記事で、メジャーリーガーのステファン・ブローニング氏が、これまでのバスプロ人生の歩みを記してくれました。
ひとりのバスプロの経験談を聞くことは非常に参考になることだと思いますし、バスプロトーナメントファンの一人としてもとても興味深い内容かと思います。
ぜひ読んでみてください。
夢への人生計画
私は17歳の時、バスプロになる計画を立てました。 私は大学にも行き、一応、学歴もおさえておきつつ、釣りで生計を立てたいと考えました。
他のプロアングラーを参考にしたとき、私がとるべき道は小さな地元のトーナメントから始め、州のトーナメント、広い地域のトーナメント、全国のトーナメントへ進むことだと学びました。
1995年、プロアングラーとして初のシーズンで、参加人数360人のアングラーの中で年間総合10位を獲得しました(最初のトーナメントがパインブラフに自宅があるアーカンソーリバーで行われたのが幸いしました)。 当時、デニー・ブラウアー、ジョージ・コクラン、リック・クランのような世界最高のアングラーたちと戦っていましたので、このとき私は自分が正しい職業を選択したのだと確信しました。
試練の時
しかし、それは常に簡単なものではありませんでした。 釣りの夢なんかを追いかけてしまったのが正しい判断ではなかったのではないかと思うこともありました。 悪い試合結果が何度も続いてしまうと、本当に頭を悩まし、ネガティブな思考で頭がいっぱいになります。
私は幸運にも、それらの厳しい時期から抜け出し、何度か好成績を収めることで立ち直ることができました。 どんなに厳しいときでも、あきらめたくありませんでした。 このままでは低迷してしまうと思ったときは、思い切って休むことにしています。 それによりいい時に魚が釣れたり、勝つことができたり、思わぬスポンサーとの契約ができたりと、自分がまだやれるのだと思えるような色々なことが起こってくれました。
幸いなことに、最初の勝利は早い時期にやってきました。
1996年6月、私は地元であるパインブラフのレッド・マン・オールアメリカンで優勝しました。この勝利により、自分の好きなことを続けていくために必要な自信が得られたのだと思います。
若いころの自分へ
2019年に早送りしますが、私は現在53歳で、5回の優勝と42回のトップ10入りを果たしています。 1995年にアーカンソー川で最初のトーナメントを釣っていた若いころの私にとって、こんなところまで来れるなんて信じられません。
アドバイスが1つあるとすれば、私は若い自分には何についてもポジティブであれと言いたいです。この仕事では良い日も悪い日もありますが、自分自身にがっかりしないこと。もう1つ大事なことは、スポンサーを大事にすることです。スポンサーは私の生命線であり、彼らがいなければ、私はこんな長い間まで釣り続けることなどできるはずがありません。
もう1つのアドバイスは、アウトドアメディアとの関係を築くことです。幸運なことに、私は若いころから何人かのアウトドア記者を知っていたので、彼らと話をすることを常に重視していました。記者が記事にするにはストーリーが必要ですが、これはあなたが大切にしているスポンサーの宣伝にもなることです。
現在はバスプロツアーの最初のシーズンを終えたばかりで、第2シーズンに向けて準備を進めていることがいまだに信じられません。 1995年の自分に今ここにいるぞと言うことができたら、現状を100%信じるのに少しは説得力があるのでしょうけどもね。
アメリカのすごいところは、多くの高校や大学に「バス釣り部」があるということです。
家族ぐるみ、学校ぐるみで真剣にバスフィッシングに取り組み、日本の野球部で言うところの甲子園のような大きな大会もあり、優勝するとその学校には優勝賞金が、個人には新品のバスボートがもらえたりします。
そのバスボートを売ったりして、プロへの資金に充てたりもしているようです。
もちろん好成績を収めた高校生アングラーはすでに各メーカーから注目され、スポンサーも付くようになりますので、プロアングラーとしての手厚いサポートも受けられるところが日本との違いとしてあるんですね。
また、日本以外の多くの国はギャンブルが盛んで、日本では不謹慎と言われがちですが、スポーツのチームや個人への応援の仕方として賭けをすることはまあまあ普通です。
それがまたそのスポーツの活動資金になったりしますので、熱狂と育成がよりうまくバランスがとれていくという感じなのでしょうか。
日本とアメリカのバスフィッシングトーナメントを取り巻く環境はこれほどまで違います。
しかしステファン・ブローニングと同じように、日本でもローカルトーナメントから入り、最終的にJBトップ50まで上り詰めるというのがプロアングラーへの王道です。
それを成し遂げるのはあきらめない心と情熱なのだと思います。
日本とアメリカ、環境は違えど、条件はそれぞれみんな同じ。
現在、多くの日本人プロアングラーがアメリカのトーナメントに挑戦していますが、みなさん好成績を収めていると思います。
日本のバス釣りは、世界のバスフィッシングに通用しています。
バス釣りに大きな夢を持って取り組むことは素晴らしいことだと思います。若いバスアングラーの方も、中堅アングラーの方も、ベテランアングラーの方も、普段はエンジョイフィッシングでも、トーナメントの世界も楽しんでいただけたらと思います!
それではまた。
毎度ありがとうございます!